<   2010年 02月 ( 17 )   > この月の画像一覧

出来すぎだと思う。

【雨煙る春日大社参道】
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去年末から数々の精神的な試練を受けながら、
実にありがたい事に気付く事が出来るようになったのがつい最近。


「無理して自分が望まない事はしない」と思えるようになったり、
自分と向き合えるようになったり、自分を少し好きになれたり。


今迄がマイナスになるような繰り返しなら、
それを今は少しずつゼロに近付けるようにして、
そしてゼロからプラスへと少しずつですが近づけている作業の途中。


それをきっかけに始めたダイエットは、徐々に効果が現れていて、
セルフカウンセリングノートも「考える」作業から
「感じた事を綴る」作業に変わってきていて。


出来すぎだな、と思います。


自分自身確かに「やれば出来る」のだとは思うのですが、
ここまで出来る才能を自分で殺していたなんて。
勿体無い。
でも気付けて良かった。


勿論ウォーキングやダイエット、セルフカウンセリングは
これからもずっと続けるつもりです。


しかし何故こんな時間にブログを更新しているかと言うと、
一昨日準夜勤のシフトに入ったおかげで、
生活リズムが完璧に崩れて眠れかったからです。
明日も夕方から夜までシフトに入っているのですが、
恐らく崩壊が続くんだろうなぁ。


何より睡眠はうつを患う人にとって、
何に変えても優先すべき事。
「まぁたまには良いかな?」と思って気軽に準夜勤シフトをOKしたのですが、
もう二度と準夜勤シフトは引き受けない事を心に誓います。
薬飲んでも眠れないのは、それくらい本当に辛いのです。


写真は昨日の夕方、少し雨霞が出た頃に撮った
浅茅ヶ原にある春日大社参道。
雨が降っても三脚担いで奈良を撮る理由って、
こういう一枚が撮りたい為でもあります。
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by keisukerudolf | 2010-02-27 06:29 | PENTAX K20D

鈴木選手の涙に貰い泣き

【My iPhone】
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女子フィギアの大ファンな私。
バイトも休みだったので、フリー演技をじっくり見てました。


キムヨナの付け入る隙の全く無い「女王の舞」も凄かったし、
浅田真央の史上初のトリプルアクセル3回成功(SP含)も凄かったし、
安藤美姫のクレオパトラにメロメロになってたのですが、
私の胸が一番熱くなったのが鈴木明子さんの演技。


とかくオリンピックだと「メダル」の話題が先行しがちなのですが、
この人のスケーティングってそういう次元を超えてるなぁ、って
いつもながらに思うんですよね。
オリンピックの舞台に立っているとかそういうのを抜きにして、
鈴木選手が「スケートをする事の幸せ」を表現している事。
見ていて本当に清々しくなります。


鈴木選手の演技してる時の表情って私は凄く好きで。
曲が流れる前に「さぁ、行くでっ!」って表情になって、
フリーの時はウエストサイドストーリーのマリアが乗り移ったかのような表情で、
曲が終わる瞬間に「どやっ!」って表情するんですよね。


本当に表情が豊かな上に、凄くナチュラル。


フリー演技が終わった後、鈴木選手が凄く嬉しそうに涙していたのを見て
思わず私も目頭が熱くなりました。
試合後のコメントで「すごく幸せな4分間でした」って言っていたのを見て
私は涙が止まりませんでした。


多分、鈴木選手のスケートって「生きる」そのものなんだろうなぁ。
だからこそ演技が終わった後、あれだけ幸せな笑顔で涙が出るんだろうなぁ。
インタビュー受けてる時もずっと鈴木選手泣いていましたが、
あれだけ幸せな涙を流せる事が出来る人もそうそういないでしょう。


バンクーバーオリンピックという舞台で、「生きているって素晴らしい」という事を
表現した鈴木選手の涙に思わず私も貰い泣き。


それにしても日本の選手は3人とも入賞で、浅田選手が銀メダル。
これって凄い快挙だと思うのは私だけでしょうか。


写真は私のアイフォン。
無性に撮りたくなったので撮ってみたのですが、
風景撮影ばっかりしてる私にとって、
静物撮影はまた違った世界でした。


私のお気に入りの写真を表示させて撮ってみて
レタッチした後に、上下さかさまである事に気付きました(笑)
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by keisukerudolf | 2010-02-26 22:51 | PENTAX K20D

多分、私は私の撮る写真の大ファン

【お食事中】
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タイトルだけ見たら、相当イタい人ですね。私(笑)


まぁ実際タイトル通りなので相当イタいのかも知れませんが、
これはセルフカウンセリングをしている時に気付いたので
文言一切変えずタイトルにしてみました。


ここ数日のセルフカウンセリングのテーマは、
「豊かな感性を以って、自分を愛してみる」です。


別館に写真に対する情熱や考え方は書いています。
要約すると「ファインダー越しに臨む景色にストーリーを作り、それを撮る」のが
私のシャッターを切るモチベーションになっています。
写真(作品)そのものに対しては、まだまだダメ出しばかりのレベルですが、
今日改めて、その考え方や情熱の感性の豊かさに気付きました。
「原っぱ一つにこんなに豊かに感じる事が出来る感性って凄い」と。


そしてその感性は、日常を生きる事に向けて
全然恥ずかしくないな、と感じた今日でした。
そして決してその感性を、
もう二度と自分を傷つける為には使わないぞ、と
心に固く誓った今日でありました。


写真は浅茅ヶ原・片岡梅林で餌を食む親子の鹿。
ようやっと芝も新芽が出てきたのか、
最近心なしか鹿が生き生きと楽しそうに食事をしている姿を
良く見かける様になりました。
あぁ、春はこんなところにも来ているのだな、と
梅を見るだけでなく、あたりを見渡せば
春到来のマークはそこかしこに溢れているのですね。
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by keisukerudolf | 2010-02-23 21:59 | PENTAX K20D

Don't think,feel!

【坂の上の・・・猫?】
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タイトルは、ブルース・リーの有名な台詞。
日本語に訳せば「考えるな、感じろ」。


先週の金曜日に、ドクターに同じ事を諭されました。
(先日の「カウンターパンチ二連発」にも書きましたが)


今日バイトが昼の2時で上がりだったので、
じっくり今迄のセルフカウンセリングノートを見直したのですが、
物の見事に「考える」「自分が分析する」事に拘っていて、
肝心の「自分がどう感じたか?」という部分が疎かになってました。


これはこれで、失敗していて結果オーライだったと思います。


先月末から先週末に掛けて、
自分がどのように自分と向かい合おうとしていたのかが
手に取るように分かったからです。
読み直して感じた事は、辛いなりに良く頑張っていたな、と。
見えない答えに向かって、貪欲にもがいていたな、と。


ドクターから諭されて以来、
私のセルフカウンセリングノートは
「感じる事・感じた事」メインで綴られるようになりました。


面白いもので、観点を変えるだけで
考え方って180度変わってくるんですね。


そうするとですね。
自分がカメラやり続けながら、
感性を磨き続けていた事って
自分にとってプラスだったなぁ、と感じる訳です。


奈良の風景一つに感動し、涙出来るくらい
私の心って本来はこんなに豊かだったんですね。
音楽も同様で。


自分のええとこって、そこなんだって感じました。
物事に対して、豊かに感じる心がある。
これなんだな、と。


私の身体的な、知的な能力は
豊かな感性に気付いた事で爆発的に開花する事はありませんが、
きっとあるべき良い方向に進んでいけるのかも知れない。
そう感じました。


昔、何かにつけて言い訳考えて
テスト勉強や大学の授業から逃げていた自分がいました。
逃げたついでで、豊かな感性が
京都の雅やかさや中国の奥深さを教えてくれたので、
結果トントンな訳ですが、
4年で卒業する事は十分に可能だったな、と。


だから、これから産業カウンセラーの資格取得や
その道に進んでいくことに対して、
多分前向きになれるんだろうな、と感じました。
昔になかった「失敗しても、それはそれでええやん」
という考えが出来るようになったからだと思います。


今日のカウンセリングノートより抜粋。
「大丈夫。かなり変わった」
こんな台詞、セルフカウンセリング始めて
一度も使った事ありませんでした。


写真は、東向商店街から興福寺に登っていく坂の途中にある喫茶店。
その向かいに小さな祠があって、
その「祠の主」と呼ばれる「トラちゃん」なる猫がいます。
この日は入り口の前に鎮座して、
しきりに中をうかがってました。


これも奈良の日常の風景の一つです。
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by keisukerudolf | 2010-02-22 19:16 | PENTAX K20D

帰り道、公園で号泣

【Prepare for blooming】
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音楽を聴いて泣ける。
こんな自分の感性の豊かさって凄い。


専ら木村カエラとか阿部真央とか、
浅田真央のスケートのテーマ曲とか聞いています。
セルフカウンセリング中は、結構浅田真央のテーマ曲、ラフマニノフの「鐘」。


そしてバイト帰り、最寄り駅から徒歩で帰る時に必ず聞いているのが
去年末NHKのスペシャルドラマでやってた「坂の上の雲」のサントラ盤。
サラ・ブライアントの歌う「Stand Alone」の歌詞あり、歌詞なしを
必ずどちらか聞いている。
文句なしに良い曲だと思う。さすが、久石譲。


今日は偶然、歌詞ありを聞いていた。
サラ・ブライアントが全歌詞日本語を歌っているのも凄いが。


2番目のフレーズ、「一人の祈りが心をつないでいく」というところで、
不覚にも急に涙が溢れてきてしまった。
作詞された方の意図とは全く違うところに私のつぼがありまして。


話が横道に逸れますが。


最近このブログに良く出てくる「もう一人の私」。
読み返すと気付くのですが、私は「もう一人の私」を明らかに目の敵にして、
徹底的に戦おうとしていました。
何故なら、「もう一人の私」は、非常に鋭い真剣を持って私に斬りかかって来る、
そう感じていたからです。


しかし今日セルフカウンセリングをしていて、
そんなもう一人の私を「そろそろ受け容れないといかんなぁ」と思っていた矢先。


「一人の祈りが心をつないでいく」


私がその瞬間に感じた事は、
「生きたい、幸せに生きたい」と願い続けながら、
肝心な本人にその祈りを無視されたもう一人の私でした。


昔からきっと純粋に「生きたい」と思っていたのだろうし、
誰よりも「幸せになりたい」と思っていたのだろう。


でも、肝心の私本人がそんなもう一人の私の気持ちを踏みにじり、
「自分なんて生きていても・・・」と思い込んでしまった。
時に己の命すら絶とうとしていたのも事実です。


「もう一人の私」は「非常に尖った真剣を持っている」と良く書いていましたが、
純粋に生きる気持ちを無視されたら、誰だってそうなるな。
腑に落ちました。


どれだけ「もう一人の私」は苦しかったのだろう。
どれだけ「もう一人の私」は辛かったのだろう。
そして何故そんな「もう一人の私」を克服し支配しようと思っていたのだろう。


自分の愚かさに気付くと同時に、
生まれて初めて、「もう一人の私」を尊敬しました。
それでも生き続けていた、全身が尖った真剣に変わってまでも、
それでも尚私と共に生きてくれていた「もう一人の私」に感謝しました。


「もう一人の私」の祈りが、やっと私の心につながって。
丁度近所の公園を歩いていた時だったのですが、
私はしばし、立ち止まりながら泣いていました。
誰かに見られていたら、相当恥ずかしいシチュエーションでしたが、
「ここで自分の感情を抑えちゃいかんな」と思って、
ただただ泣いておりました。


「ごめんなさい」とか「申し訳ない」とかのレベルじゃなく、
心の底からもう一人の私に謝罪したい気持ちになって。
そんなもう一人の私と仲良く一緒に生きていこうと思いました。



写真は、昨日の奈良公園浅茅ヶ原・片岡梅林。
奈良公園の梅は咲き始め。
既に花をつけている木があれば、
まさにこれから咲こうとしている木もある。


咲いていても、咲こうとしている状態でも、
梅はその姿そのものが、実に凛として美しい。
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by keisukerudolf | 2010-02-20 21:36 | PENTAX K20D

カウンターパンチ2連発

【生駒・長弓寺の苔と影】
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今日もいつものように心療内科の定期診断。
昨日の夕方に今日話すべき内容はまとめておいたので、
かなり内容を整理して話が出来たと思います。


が、ドクターから一言。
「頭で考えすぎちゃう? もっと心で感じる事を優先して良いんちゃうかな?」


私の悪い癖。
やる前に色々と考えすぎて、結果やらない言い訳ばっかり作って何もしない癖。


先生に言われて、ハッと気付きました。
カウンターパンチその1でした。
今一番意識して「失敗する事から逃げるな!」と自分に言い聞かせていながら、
まだ色々と考える癖があるようです。


頭を冷やす為に本屋で色々と心理学の本を立ち読みしまして。
やっぱりある本屋にはちゃんと心理学のコーナーが充実してまして。
産業カウンセラー入門という分かりやすい本から、
認知療法のノウハウ本から、うつの人がどう自分と向き合えば良いか的な本から
色々と揃ってまして、片っ端から立ち読みしてました。
あぁ、何て贅沢な時間。


うつの人がどう自分と向き合えば良いか的本を読んでいると、
「自分を愛する事が出来ない人は、他の人の気持ちは理解出来ない」


カウンターパンチその2でした。
産業カウンセラーになるという、他の人の気持ちを一番理解しなきゃいけない私が
一番自分を愛せていない・・・
何たる皮肉なんでしょうか。


さすがに感じ入る事が多かったのか、
今日は2度もセルフカウンセリングをしました。
普通は1回しかしないんですが。
それぐらいのショックを受けました。


結論から言うと、
「それでも失敗を恐れずに、今出来る事を精一杯やれ」
という結論に到りました。


正直、自分に厳しくある事が自分を愛する事なのか、
本を読んでいて(立ち読みですが)非常に迷いました。
その気持ちに素直にセルフカウンセリングしました。


殊、今自分に厳しくある事の一つに「間食(晩御飯含む)断ちと帰り道は最寄り駅から徒歩」があります。
ストレスだから、と食欲に負けて一時期3桁あった体重。
そしてそれを「醜い」と感じた今の自分。
悪い連鎖を断ち切る為の荒治療としてですが、
間食断ちを始めて2週間。
バイトがある日は昼ご飯も食べるのですが、
バイトが無い日は昼ご飯すら食べません。


体重は75Kgまで落とす事に成功し(目標はとりあえず70Kg)、
毎日最寄り駅からはバスに乗らず歩いて帰っているのですが、
とにかく摂取するカロリーが減るので疲労も相当で。
ちょっと心が弱くなって来た時にこのショック。
正直、今日は「バスに乗って帰ろうかな?」と気持ちが揺れました。


自分を愛する(自分の気持ちに素直にある)か、
自分を律する(自分の目的に正直である)か。


よく考えれば、どちらを選択しても正解なんだと気付いて。
正解、と言うより「間違いではない」であって、
突き詰めれば「正解すらない」問いでした。


最後に自分に問い掛けたのは
「どちらを選べば悔いが残らないか?」
つまり「どちらを選べば自分が『逃げた』と思わないか?」でした。
当然今の段階では、バスに乗って帰れば悔いが残るでしょう。
それだけが決め手でした。
結果、歩いて家まで帰りました。
勿論晩御飯も食べてません。


うつ症状を抱える人は、多くの「依存」があると言われています。
例えばアルコールへの依存だったり、食べる事への依存(過食)もあれば、
食べない事への依存(拒食)もあります。
本当は望んでいないのに、愛される為に人に尽くす事も依存だと言われています。
肝心なのは「本人がそうある事を望んでいないのにしてしまう事」です。


私の場合も拒食依存なのかな?とも思いましたが、
自分で望んで断食してるので、依存じゃないな、と感じました。
ぶっちゃけ、「痩せればちょいとはモテるかな?」くらいです(笑)


少し前に「縁は全てが幸せになるとは限らない」と気付いたのですが、
まさに今回もその類でした。
カウンターパンチが2連発飛び出してきて、
セルフカウンセリング中は相当悩んでたと思いますし、
こんなに苦しいセルフカウンセリングも久しぶりでした。
気付きの縁というのは、本当に幸せじゃない方向から飛んでくるんです。


話を結論に戻すと、歩いて帰る事が正解か分からないけど、
それが仮に失敗でも、それはそれで受け容れれば良いし、
歩かないで後悔するくらいなら歩こうと感じた訳です。


たかだか歩いて帰る(徒歩30分)だけで
これだけ悩んでいるのもどうかと思いますが。


写真は絶対注釈が無いとどこか分からない写真です。
久しぶりに地元の寺、長弓寺を訪れて
国宝である本堂など写真を撮ってたのですが、
自分の心に残ったのは境内の苔に映る木の陰でした。
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by keisukerudolf | 2010-02-19 22:16 | PENTAX K20D

強さはきっと

【春日大社・石灯籠点火】
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昨日のカウンセリングノートより抜粋。


「本当に『強い』のは、実行力のみならず継続力があって初めてなし得るのか」


うつを患い、年末年始に激しい波を経験してから、
それでも尚幸せになりたいと願う自分が居る事に気付きます。


時にもう一人の自分が私自身に猛威を振るうこともあります。
その度に自分の甘さ(特に欲に対する甘さ)に屈している自分に気付きます。
それが食欲であったり、自己顕示欲であったり。
そういう自分と対峙したからこそ、
自分自身が「気付いて欲しいと泣きじゃくる赤ん坊と同じ」と気付いたのです。


今ある自分が、そんなままの34年間の積み重ねの因果であって、
きっと今はその積み重ねの連鎖を断ち切る時期なんだな、と。


未だ以って自分の本当の強さっていうのは分からないし、
強さの本質っていうのが何か分からない。


ただ一つ、己に厳しくあろうとする事は続けようと思う。
それは決して評価を求める為の厳しさではなく、
己が決めた事に対して厳しくある事。


例えば、体重を減らす為に間食をしないと決めたのなら、
何があっても絶対にその誘惑に負けない、とか。
セルフカウンセリングを続けるのであれば、
言い訳をせずにやり続ける、とか。


実際にダイエットを始めた当初82Kgあった体重が
昨日の段階で75.6Kgまで落ちたという事は
自分を厳しく律することに今のところ成功している結果なだけで、
過去25Kgのダイエットに成功している私からすれば
やって出来ない事では絶対に無いのだ。


セルフカウンセリングに関しても、
去年の9月から続いている。
手帳を去年末になくしたから正確にはわからないが、
きっとB5ノート3冊分は何かしら書いている。


でも、気を抜けばきっと止めるのだ。
だからあえてこの二つに関しては、
己に対して厳しくあり続けようと思う。


そして、それが半年、一年、二年と年を経ても尚
継続して出来ているなら、
その継続力こそが強さなんだな、と思う。


「厳しさ」が実行力で、「強さ」は継続力。
厳しさが無ければ強くはなれない。
実行しなければ結果も出ない。
単純にその繰り返しを見詰め続ける事が出来る事が
きっと本当に強いんだろう。


長くて3年程度しか同じ職に就けなかった私に
一番欠けていると思っていた「継続力」。
でもうつと診断されて既に5年。
診断前から潜在的にうつだった事を考えると、
働く前からずっとうつと戦っていたはずだ。
だからそれなりに継続力はあるのだ。


今持っている厳しさを継続できれば、
一人でもきっと幸せになれると思った。




写真は春日大社の石灯籠。
燈篭に苔生す姿そのものが美しく、
その燈篭に火が灯る姿は幻想そのもの。


廃れて久しい奈良の地も、
それでも尚あり続ける事こそ、
私の感じる「強さ」の原点なのかも知れない。
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by keisukerudolf | 2010-02-17 11:31 | PENTAX K20D

縁と時節があれば、また逢おう

【誘いの灯りと影~東大寺大仏殿と鏡池~】
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一度自分の気持ちを整理する為に、
よく足を運んでいた喫茶店から足を遠ざけていたのだが、
それはそれで現実を受け容れる事から逃げているような気がして
また最近足を運ぶようになった。


そんな中、私に非常に良い影響を与えてくれたバイトの女の子が
今日で「卒業」だったとの事だった。


元々今年で大学を卒業すると言っていたし、
就職も決まっていた事を知っていたので
いつか来る日、と認識していたからか、
そんなに寂しいという気持ちではない。
タイトル通り、縁と時節が合えばまた逢えるはずだ。


相当な良い影響を受けたので、別れ際にお礼を言った。
彼女には「絶対また会いましょうね!」と言われたが、
何となく逢ったら逢ったで「あら、今日も居たの?」的な会話をしてそうな気もする。
その時はお互い客同士で。


きっと次に逢うであろう時は、私は産業カウンセラーの
講座を受けている真っ最中であろう。
もしくは既に資格を取得しているかも知れない。


資格を取得するからどう、という話では無く、
今の自分よりもっと強くなっていたい、
そう自分に強く願うのだ。
私が一番辛い時期に、セルフカウンセリングを必ずしていた場所なので、
縁があった方々には、本当に感謝したい。


これからこの店で幾度と無く繰り返すであろう出会いと別れ。
全てに意味があり、必然であるのだ。


写真は東大寺大仏殿と鏡池。
鏡池はその名の通り、鏡のように大仏殿を写し込む池だ。
その名前を再現し表現する為に、
私は露出を決めるのに苦労した。
そして未だに結論は出ていない。
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by keisukerudolf | 2010-02-15 19:38 | PENTAX K20D

この「うつ」くしい世界

【当尾の里・浄瑠璃寺の阿弥陀堂と極楽池】
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昨日、セルフカウンセリングをしながら
「奈良に自分を重ねながら撮る世界観、という感性を大切にしよう」と気付いて、
のんびりコーヒーを飲みながらふと帰ろうとした矢先、
もう一人の自分が私に対して吐いた台詞。


「皆幸せになって、私の目の前から消え去れば良いのに」


実は昨日ブログを更新しなかったのは、
このもう一人の自分の叫び声に対して
私自身きっちり答えが出せなかったからで。


とっさにペンを執ってノートに書こうと思ったのですが、
時間も時間(閉店間際)だったので、
言葉だけはきっちりと記憶して、一日越しのメッセージ解読。



最近、私と縁があった方々にハッピーな話題が続いていた事が
伏線になっていたようなのですが、
じっくりもう一人の自分と向かい合ってみると、
凄く嫉妬しているようです。


「自分だって幸せになりたいのに」


そんな素直な気持ちが裏を返せば凄い台詞に。


強がりは大体自分の本音の裏っ返しだったりして、
あえて強がることで、耐えられない心の波に対して
バランスを取っているんだなぁ、と思いました。


そして尚更、今の私はとても弱い。
精神的にも勿論まだまだ弱い。
財力も体力も魅力も、どれもとても弱い。
でも、強くなりたいと願い、セルフカウンセリングを続ける。
密かにダイエットも続けている。


そして強くなる為には、もっともっと失敗をしなければならない事。
恋愛ならもっと失恋、具体的にはもっと振られる事を経験する事、
ビジネスならもっと失敗、具体的には色んなクレームやトラブルを受けてみる事。


「成功は偶然の賜物、失敗は必然の結果」
元楽天イーグルスの野村克也監督の言葉だ。
私はこの言葉が大好きだ。
人間は残念ながらこの必然の失敗からでないと、
多くを学ぶ事が出来ない。
殊、自尊心が強い癖にコンプレックスも強い私にとって、
そんな鼻っ柱を折る為には、致命的なミスをして
己のありのままの姿を見させる他、治療の手立てが無いのだ。


それを34年間やらずに来たから、こんなに軟弱だ。
振られる事が怖くて、何も出来ない。
出来ないのなら好きになるな。
好きになる事を止められないのなら、
片っ端から玉砕して行くと良い。


そしてごく稀に、こんなひ弱な私ですら
求めてくれる方とご縁が出来たなら、
弱いながら不器用ながら全力で
自分の出来る全てを出して、
失敗したってそれで良い。
それで相手が去るならそれまでの縁なのだ。


きっと同じ失敗を何度も繰り返すだろう。
好きになっては見向きもされない。
でもいつもニコニコしてるから、友達にはなれる。
私が相手を愛するからこそ、友達にはなれないのに。
それでも良いのだ。
出るべき結果論を受け容れる覚悟はある。
何百回振られようが、その次にはきっともっと
お互い無理なくいられる関係が存在しているはずだ。
そう信じているからこそ悩みつつ苦しみつつ
それでも生きているのだ、という事なのだ。


ゴールは無い。
彼女が出来たからといって、それは決してゴールじゃない。
単なる試練の始まりというだけだ。
就職にしてもそうだろう。
再就職出来たというのは、決してゴールじゃない。
その先に湧き上がってくる試練と向かい合って
初めてゴールへの道先らしいものが見えてくる。


私は、自分を護る為に強くなりたい。
その強さは、誰かを優しく護れる為に。
そして他の誰でもなく、自分を護れる為に。


写真は、浄瑠璃寺の阿弥陀(九体如来像のある堂)と極楽池。
お寺の中で極楽浄土を表現しているのである。
ちっぽけな私一人の葛藤など次元が違いすぎると言わんばかりの
安定感のある姿である。
これぞ私の求める「まほろば」なのだ。
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by keisukerudolf | 2010-02-14 23:42 | PENTAX K20D

縁はつながり、そして伝える。

【浄瑠璃寺参道・馬酔木と蝋梅のアプローチ】
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昨日、圧巻の雨天花火を見る事が出来たのは、
なら瑠璃絵に行く前、浄瑠璃寺に立ち寄って、
「馬酔木の里」という喫茶店の庭で、元旦桜の写真を撮っていたら、
店主の方が剪定をされていらっしゃって、
そこで声を掛けて頂いた事から傘を借りた事が縁だった。


きっとあそこで傘を借りていなかったら、
あの花火の写真を撮る事は出来なかったし、
奈良の「本気の意地」を見る事もかなわなかっただろう。


このブログ、見られていないようで、
結構知っている人には教えているので
正直誰が見ているか分からない。
mixiの日記にも設定しているので、まさにドンと来い状態。


なので、迂闊な事は書けないなぁと思いつつ、
でも思った事は絶対に書こうと決めています。


ひょっとしたら、このブログは意図せず
誰かを相当傷つけてしまっているかも知れない。
でも、その姿は目の当たりに出来ない。
私に出来る事は、そうである事も想定しながら、
あらゆることを覚悟しながら、ブログの紹介文の通り、
うつ病と戦う私自身のメンタルを見て頂ける様に続けるつもりだ。


そして、このブログをきっかけで縁を頂いた方は
自分の出来る範囲で縁を大切にしたいと願っています。


昨日の浄瑠璃寺となら瑠璃絵の縁がつながり、
私に「心意気」というものを気付かせてくれたように、
きっとこのブログで縁がある事で、何かしらの他の縁につながり
何かに気付く事が出来るかもそれない。
そう思うからです。


そして、私のブログの写真だけを楽しみにされる方は、
その楽しみ方は決して間違ってない、と私は思ってます。
別に写真と文章が無ければブログとして成立しない訳でも無いので、
私のメンタル部分はどうでも良いって方は、
写真だけ見て頂ければ、それはそれで私は非常に満足です。
あくまで、付随している文章は、
「この写真を撮った人物は、こういう事を考えている人物ですよ」と
添え書きがしてある程度ですので。


写真は昨日訪れた当尾の里、浄瑠璃寺。
馬酔木の花が咲く頃、毎年と言っていいくらい訪れている。
馬酔木と言えば、奈良公園の鹿が食べない為(有毒らしい)、
奈良公園で唯一青々として、且つ自由に咲く花として知られる。


しかし、私にとって馬酔木と言えば浄瑠璃寺だ。
この写真のように、参道を訪れる観光客に
「春が少しやってきましたよ」と告げるように咲く馬酔木の花が
なんとも言えず美しく、慎ましやかだ。


関西花の寺の一つである浄瑠璃寺。
残念ながら国宝三重塔は現在工事中。
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by keisukerudolf | 2010-02-12 21:32 | PENTAX K20D