カテゴリ:PENTAX K20D( 285 )

本当にこれで良いのか?

【試みの大仏殿~奈良・喜光寺~】
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極論の結論から言ってしまうと、
喜光寺は100年後、人々の記憶から
忘れ去られているお寺かも知れない。



喜光寺。


東大寺大仏殿を知る人は多くとも、
薬師寺の存在を知る人は多々いれど、
喜光寺を知る人は、そんなに多くは無い、
と思う。


喜光寺の本堂が、東大寺大仏殿のモデルになっている事実も、
喜光寺が薬師寺の別格本山とされている事実も、
遷都1300年を迎える今年になっても
それを知る人は、そう多くは無いだろう、
と思う。


何故なら、私も知らなかったから。


「蓮の古刹」として話は聞いていて、
実は昔仕事で喜光寺の前の道(阪奈道路)を
嫌と言うくらい通っていたのに、
不思議なくらい、喜光寺の事を知らなかった。
むしろ存在を知らなかった。


またいずれ、この寺については
ご縁があれば詳しく触れたいと思っています。


単に「蓮の寺」と認識するだけでは
勿体無さ過ぎるお寺です。


仮に、喜光寺が人々から忘れられてしまったなら、
私は奈良県民として、日本人として、
とても「悲しい出来事」だと感じました。


一つ、私のどうでもいい決意を。


「奈良に生きる『写心家』」としてありたいなぁ、と。


産業カウンセラーとして、写真家として、
奈良を、
心「で」、心「に」、心「を」、心「は」映す。


そして、自分に出来る事は、
どれだけ真実に正しく、後世に伝える事が出来るか、
伝える努力をしたか、なのだと感じています。


時間がある時に、
その辺は丁寧に触れたいと思いますが、
今はあまりに時間が無くて。
とりあえず、プロローグ的に。


私を「写心家」として決意を促して頂いた
喜光寺とのご縁に感謝。
日々是好日。
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by keisukerudolf | 2010-06-16 22:32 | PENTAX K20D

守られている、引き継がれているもの

【笹百合・大神神社】
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仏教用語にもある「盛者必衰」。
平家物語の冒頭に出てくるので、有名な言葉ですね。


日常は常に変化する無常な世の中では、
一見当たり前に見えるものですら、
時代と共に変わったり、なくなってしまったり。


「失う事は、得る事だ」と知っていても、
失う事へのショックは勿論の事、
得る事への不安だってある。
そもそも「守られている」という安全感が無いと、
変わる事が出来ないんですから。


だからこそ、余計に
「あぁ、ここなら安全だ」って思える
場所だったり、人だったり、
ものだったりするのですが、
そういうのを感じられれば、
安定もするし、変化も出来るのですね。


そして、必死に生きていればこそ
案外誰かがそれを見ていて、
助けの手を差し出してくれる時は
必ずあるんだなぁ、とちょい痛感。




写真は大神神社境内に咲く笹百合。


かつて大神神社がヤマト朝廷の中心だった頃、
それは相当古い時代の事ですが、
神社周辺はこの季節になれば、
写真のような笹百合が一面に咲き誇っていたそうです。


そして大神神社の摂社である、
奈良にある「率川(いさかわ)神社」に
笹百合で飾った酒樽が奉納されていたのです。
6月16日の三枝祭(率川神社)は、
大神神社と奈良の強いつながりを暗示しています。


ところが、環境の変化に伴い
笹百合は絶滅の危機に瀕します。
三枝祭に笹百合を供給する事すら
おぼつかなる状況にまで陥ったそうです。


状況を案じた大神神社の有志の方々が
15年前に笹百合の栽培・定植を進め、
今や「ささゆり園」と呼ばれる
笹百合を拝観出来る(しかも無料!)場所が出来ます。


今でも周りを柵で保護されていたり
相当な厳重警戒の元にあるのですが、
昔の姿を取り戻そうとしています。
守られ、引き継がれていこうとされている
日本の、奈良の姿がそこにあります。
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by keisukerudolf | 2010-06-14 20:42 | PENTAX K20D

困難は、解決するものではなく

【蓮、二輪】
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今日、心療内科の定期健診で
ドクターが「この言葉の続き、何やと思う?」と
前置きして、投げ掛けた言葉が
タイトルの文章。


産業カウンセラーの立場で考えると、
困難は、解決するのではなく
「成長を助ける気付き」なんです。


辛い事から逃げ出したくなる事もありますが、
結局、回り回ってまたその辛い事は
繰り返しやって来るんですよね。
えぇ、過去に逃げ回ってたばっかりに、
今そのツケが回ってきているんです(笑)。


結局、色んなミスをしながら、
「あぁ、こういう時はこうやったらアカンねんな」と
気付かされながら、
少しずつ大人になる・・・何かニュアンスちゃうなぁ。
言い古された表現で言うところの
「成長」していく、とでも言いましょうか。


ドクター曰く「そうやとしたら、失敗って無いよね」。


失って敗けると書いて、失敗。
でも、失敗して気付けるのであれば、
失うのでは無く、「得ている」のであり、
そう考えると、失う前に「失敗」を与えられている。
究極のプラス思考ではありますが。




写真は、半年振りに訪れた依水園の蓮。


去年初めて依水園を訪れた時もこの時期で、
この睡蓮に感動したのを覚えています。
その感動が忘れられなくて、
今年も依水園を訪れました。


決して裏切る訳でなく、でも私が望むからでもなく、
睡蓮は今年も変わらず咲いていたようです。


移ろいが常のこの世にありながら、
変わらない事がどれだけ貴重で且つ美しいか。



あ、タイトルの正解ですが、
「感動するもの」だそうです。
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by keisukerudolf | 2010-06-11 20:32 | PENTAX K20D

「変わる」事こそ一番怖い

【入梅前~法華寺庭園】
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昨日は大学卒業10年目という事で、
母校から「ホームカミングデー」という催しに
招待されておりまして。


共に2留した大学の悪友と二人で
懐かしの母校を訪れておりました。


大学生時代、15年ほど前の事です。


あの頃、授業を受けながら「何かがちゃう」と思いながら、
窓から見える京都市内の風景をボンヤリ眺めてまして。
そのうち、授業すら行かなくなって。


うっすらと、自分が持っていた「大学生活」のイメージと
目の前の現実が違うんだなという事に気付いてたんでしょうね。


でも、認めたくなかったのだと思います。
認めたら、自分を変えなきゃいけないんで。
時に自分を否定しなきゃなんないし。


ここ1年ほど、自分を変える事にチャレンジしてみて、
想像以上にこのチャレンジは
精神的に恐怖を伴うって事を体験しました。


マジで怖いんですよ。
象徴的な言葉が「真剣で襲い掛かってくるもう一人の自分」。


これ、少し想像してみて下さい。
「真剣」を「包丁」に変えても良いと思います。
実際に包丁を突きつけられる事は、そう無いと思いますが・・・


でも、変わらなきゃなんない時って
必ずって言って良いほど来るんですよね。


人によっては、誰の手助けもいらずに変われる人もいて。
でも、私のように心療内科のドクターの助けを借りながら
ようやっと変われる人もいれば、
怖くって、分かってるのに変われない人もいて。


「分かってても、怖いから変われない」
自分で体験してみて、凄く共感出来ます。


久しぶりの母校で15年前の自分に再会した、
そんな心持です。



写真は平城京跡のすぐ近くにある法華寺。
奈良時代に聖武天皇の奥様、光明皇后が
自分の父親の住まいを寺に改装して、
病に苦しむ人や飢えに苦しむ人に施しをした場所です。


その後、日本全国に広がった尼寺(国分尼寺)の
本社的役割も果たしていた法華寺。
天皇の奥さんが建てたお寺で、
朝廷(特に皇女が出家する際)とのつながりが強く、
中宮寺・円成寺と共に「大和三門跡」と呼ばれます。


庭園は京都御所の庭園を模して作られたと言われています。
御所の庭園ってまだ見た事無いんですが・・・


華やかだけど、荘厳で。
優しいけど凛として。
そんな雰囲気が心地良い場所でした。


拝観料1,000円。
これを高いと思うか、安いと思うかは
払う人の心が決める事でしょうね(笑)
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by keisukerudolf | 2010-06-07 20:08 | PENTAX K20D

心、たゆたう

【初夏のせせらぎ】
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たゆたう。


私の好きな言葉。
ゆらゆら動いて定まらない。
ただよう。
収まりが付かない。
そんな感じ。


言葉のイメージからして、
何かフワフワしてる感じ。


バイト先のメンバーで体調不良や家族の不幸が続いていて、
ようやっと一段落かなーと思った矢先、
今度は店長のお子様が、当分付き添いが必要な病気に。


とりあえず、明日14時上がりだったのですが、
自ら「17時までは大丈夫です」と、店長にメール。


気付けば2週間ぶっ通し。
先週の金曜日、心療内科の定期健診後に
少し自分の時間が作れたものの、
完璧なオフは一切無し。


来週の3連休も、既に予定の入っている日曜日以外は
多分シフトに入る事になるだろう事だけを予測。
ある程度最悪のシナリオさえ想定しておけば、
実際そうなっても対処出来るだろう、と
ここ最近の教訓。


超楽しみにしていた休みを削られるだろう事は、
そりゃ私もめっちゃ辛い。


山辺の道の田園風景を撮りたかったし、
東大寺依水園の睡蓮も撮りたかった。


むしろ撮るつもり満々で、
どのレンズを持っていって、
被写体をシチュエーションしながら
ネットで歴史を調べたりと、
プランニングを進めていたその矢先。


本当にくどいようですけれども、
今のバイト先は、元々社員として配属された最初のお店。
社員として働いたのは3ヶ月だけでしたが、
「社員だとこういう責任を負わされる」という現実は
ある程度教えて頂いたつもりでいます。


今は、その現実を知りながら、
アルバイトとして働いて
「あぁ、何だかんだで、社員さんに守られてるんだな」
って実感する日々。


その社員さんの一大事なのなら、
せめて自分の出来る事はしたいと、
誰に言われるでもなく、そう感じました。


気負う訳じゃなく、店長代行という立場でもなく。
(そもそも私はバイトなので代行なぞ出来る筈も無い)


自分に与えられた時間で、足りない人手を何とかやり繰りして、
夜のメンバーにバトンを渡す。
極力必要以上の負荷を掛けないように。


足りないとはいえ、メンバーの人数は私以外にもいる。
他の店だと店長が仕事で居なくなれば、
一人で店を切り盛りしなきゃいけなくなる事もある。
いわば、今のバイト先では、仲間にも守られている。


コンビニのバイトで完全に生計を立てようとは
今全く考えていない。
事実、社員として再度チャレンジ出来る可能性は
自分に残されている事だって知っている。
でも、今の私には産業カウンセラーの講座が先決だ。


だからと言って、慢性的に人手不足に陥っているバイト先を
「自分とは関係ないから」と切り捨てるのも
何か、人としておかしく感じる。


私にとって奈良で写真を撮る事が生きる事と同義語なら、
バイト先で精一杯自分で出来る限り働く事も又
生きる事と同義語なんだと感じます。


自分のエゴが通じないくらいの緊急事態。
でも、それくらい頼られ守られている事が
店長の言葉や態度で伝わってくるから、
それからは逃げたくない。


待ち受ける結果が失敗や失態でも良い。
それは不幸じゃないから。
それが不幸かどうかは、私が決めるから。



写真は東大寺吉城川沿いのモミジストリート。
新緑が川面に写りこんでおります。
逆光なのにここまで安定してる風景も珍しい。
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by keisukerudolf | 2010-06-04 23:30 | PENTAX K20D

私はそれでも、悩み続ける。

【風に我が身を任せて】
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大学時代に、先輩から頂いた金言。
「悩んだらダメだよ、考えなきゃ」


先輩曰く、
悩むのはネガティブ、考えるのはポジティブ。


心を病んで久しく。
改めて思う。
私はそれでも、悩み続ける。


実は、先輩の言葉は一言も間違っていない事を
私自身気付いています。
しかし、私は悩む事を選びました。


何がネガティブか、何がポジティブかって事ですよ。
後ろ向きか、前向きか。


それは誰が決めているか?
そりゃ、他ならぬ自分だからです。
もっと言ってしまえば、「自分の心」が
前向きか後ろ向きか決めてるんです。


心が壊れてたら・・・


目の前に大金があろうとも、
屈強なガードマンに守られていようが、
不安で仕方が無いんです。


必死になって頑張ってても、
「いや、まだ足りない」って自分の体に鞭を打ち、
体が疲れ果てていても、
「何を甘えてる、まだ動けるじゃないか」と言い。


自分の体や心のサインに気付けない事が、
一番危ないんです、と。


先日ブログに書いたのですが、
自分の心に逆らったら、
そのしっぺ返しが来るんですよ。


それを私が身を持って知って、
とりあえず今疲れている事に気付いたので、
今日は早めに寝ます(笑)


写真はならまちの街角での一枚。
暖簾が薫風にそよいでいる風景。


暖簾も柳も、風には逆らわないんです。
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by keisukerudolf | 2010-06-03 22:03 | PENTAX K20D

Are you alive?

【古都で語らい】
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実はここ1週間ほどブッ通しでバイトやら用事があって、
休みが全く無い毎日が続いております。


間違いなく、かつての自分なら辛くてしゃーないんでしょうが、
今は肉体的にしんどくても、精神的に全然辛くないのが不思議。
まぁ肉体的なしんどさがブログ更新頻度に
おもいっきり反映されてるんですけどね(笑)
んなもん、しゃーない。


何か劇的にきっかけがあった訳でも無く、
色んな出来事が続いて、
不思議と辛くなくなっただけ。


知っている人が日記に書いているのを見て、
産業カウンセラー養成講座で受けた
授業内容を思い出したので、少し羅列。


日常会話でも「四苦八苦」って言葉使いますよね。
めっちゃ苦しい時とかに使います。
その四つや八つってご存知ですか?


四苦=生・老・病・死の苦しみ
八苦=上記四つに加えて、
   愛する人との別れ(愛別離苦)
   好きでも無い(憎んでいる)人と一緒にいる(怨憎会苦)
   欲しいものが手に入らない(求不得苦)
   精神的な苦しみ(五蘊盛苦)

※「手に入ったものが思っていたものと違う」
 という言葉が最後に来る場合もあります。
 私はこれこそ八つ目だと思ってます。


縁の無い人の話でも、基本「四苦八苦」を感じる
根底って同じなんですよね。
みんなが苦しいって感じる基本。


私は医療関係に在籍した経験が無いので、
彼らの立場からくる苦しみは分かりませんが、
基本の苦しみは同じだと思ってます。


みんな生きる事って苦しいんですね。


「人には、乗り越えられる高さだけの苦しみを与えられる」


日々是好日。
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by keisukerudolf | 2010-06-02 21:38 | PENTAX K20D

安かった3千円

【奈良に薫風】
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昨日、バイト先の系列店のスタッフの人と
一緒に飲む機会がありまして。


元上司であり、先代のバイト先の店長から
昼過ぎにお声が掛かったので、
奈良で写真を撮ってたのを放り出して、
大阪まで行きました。


ぶっちゃけて言うと、
私自身盛り上がってた訳でなく、
静かに飲んで食って。
何故か一緒に参加してた同じバイト先のスタッフの愚痴を
延々ダラダラ聞いているのが辛くって。


でも、一つ凄く良い事に気付けた瞬間がありました。
先代の店長に
「好みの女性のタイプってどんなん?」
って聞かれまして。


即答出来ませんでした・・・
「顔と付き合うんじゃないんで」
なんて、超無難な言葉で逃げましたが。


で、帰ってる電車の中で、
「でも、絶対俺って好みのタイプあるよな」
って思い返してまして。


そう考えてみると、
不器用だけど健気で、でも目は死んでない女の子が好き。


基本怖がりですが、
案外相手の目が一番印象に残るんです。
笑ってようが、怒ってようが。


「相手の目に惹かれるんだな、俺は」。
言葉に出来なかった事が、やっと言葉に出来て
胸のつっかえが一つ取れた気分。
しっかし、相変わらず下らない事で悩む(笑)。


とするならば、飲み会で払った3千円は
掛替えの無い宝だったなーと思う訳です。
こんなの5000円以上身銭切ってセミナーに参加しても、
中々気付ける事じゃ無いですよ。




写真は、近鉄奈良駅からほど近い場所にある
習字で使われる「墨」を作っている店の暖簾。


父が書道を習っているので、話を聞いてみると
どうやらその道では相当名の通った老舗らしいです。


奇しくも私はその店に掛かっていた暖簾を見て、
清々しい天気だった当日を象徴する何かを感じました。


入梅前の程よい爽やかな陽気。
湿気の少ない少し涼しげな風。
軒先と奥を繋ぐ道。
穏やかな日差し。
奈良に今尚続いている姿。


さり気なく吹く薫風に揺れる暖簾だって、
きっと多くの修羅場を見たに違いない。


日々是好日。
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by keisukerudolf | 2010-05-29 22:42 | PENTAX K20D

日々是好日

【気持ち覗く】
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来週のシフトが今日出たのですが、
気付けば先週土曜日から、再来週の日曜日まで休みなし。


辛いのかと自分に問うてみたら、
やっぱり辛いのは辛い。


何が辛いのかを問うてみた。


連勤が辛いか。
NO。
働かないと、収入が無くなるので、
ある程度連勤して働かないと、講座に通うお金も無くなる。


休みが欲しいのか。
若干NO。
理由同上。


休みで体を休めたいのか。結構NO。
休みだと若干起きる時間が遅くなるだけで、
その後はカメラと三脚担いで奈良を徘徊するので、
バイトじゃなくても体は休まってない。


心を休めたいのか。
YES。


そうか、自分が奈良で写真を撮ってる事って、
生きている事であると同時に、
自分の心を休めている事に他ならないのか。


寺社仏閣で「何事も無く無事でありますように」と祈るのに、
何事も無い無事な一日があった試しが無い。


勿論無事じゃない事を恨むのも筋違い。


でも、少しでも体や心を休める為に
私は奈良で写真を撮るのだと思う。
心で体で、一杯奈良を感じて。


連勤で辛かろうが、結果それで稼げたお金で奈良で写真が撮れる。
今のバイト先は、そのバランスが少し崩れていて、
写真を撮る時間(もちろん勉強する時間も)が削られているだけ。


もっとリアルな事を言えば、
夜食する日が続いたり、
かなり肩凝りで辛かったり、
実家で家族と食事をするのが嫌で外食を続けていたり、
バイト先は結構忙しかったり、
行き返りの電車はかなり睡眠時間になってたり、
行きつけの喫茶店に「あの子」はもう居ないし、
バイト先の人間関係は結構ギスギスしてたり、
勿論就職への不安もあるし。


でも、バイト上がりに仲間とご飯食べに行ったり、
店長の苦労が理解出来たり、
別に飯食っても良いやん、って思ってたり、
10年ぶりに椎名林檎の曲聞いたら感動したり、
中孝介の曲に感動したり、
エヴァを改めて見たら面白かったり、
来年の今もカメラやってたいと思うし。



辛かろうが、でも楽しくもあるそんな日々。
これぞ「日々是好日」(にちにち・これ・こうじつ)。




写真は、去年のこの時期に撮ってた、ならまち格子の家。
去年の私は、ならまち格子の家をこう感じていた。


明日の昼からはオフ。
またならまちに行こうと思います。
今の自分が多分写真に出るんでしょうね。
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by keisukerudolf | 2010-05-28 00:08 | PENTAX K20D

ならまちが教えてくれた事

【木漏れ日の優しさ】
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今日の産業カウンセラー養成講座は、久しぶりの座学。
お題目は「傾聴の意義と技法」。


ここ2回くらい、実技で傾聴を体験してみながら
「あーでもない、こーでもない」と、
グループでやってたのですが。


カウンセラーの大先輩が講師として、
時に実経験を踏まえてお話をして下さったんです。
勿論、講座として。


実際に自分たちがやってきた「傾聴疑似体験」を、
良い意味で、ですよ、
ハンマーで叩き壊された、そんな感じでした。


掻い摘んで言うと、
「技法に振り回されて、カウンセリングの本質を忘れちゃダメよ」と
諭されている、そんな感じです。
勿論、良い意味で。


テクニックに振り回されて、楽しみを忘れる・・・
写真撮ってる時もついついありますね。




写真は、ならまち格子の家。
もうこのブログには「毎度おなじみの」と言うくらい登場してる場所ですね。


奈良で写真を撮ってて、
春日の杜には「感じたままシャッターを切ってみなさい」
って言われてる気がしますし、
ならまちでは「もっと感じてからシャッターを切りなさい」
って言われてる気がします。
別に幻聴とかじゃなくってですよ(笑)


「感じる」なんですよね。
「見たまま」じゃなくて「感じたまま」。
「もっと見て」じゃなくて「もっと感じて」。


それって、多分、なんですけど、
「もっと自分に自信持って良いよ~」って事なのかなー
なんて思ったりします。
自惚れとかでも何でもなくて。


ね、写真だけでもこんな事が学べるんですよ?(笑)
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by keisukerudolf | 2010-05-23 21:25 | PENTAX K20D