2011年 01月 22日 ( 1 )

不採用だって通知が、決して不幸ではない理由

【若草山焼き'10】
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先日、京都の某学園の学生支援の求人の選考会に参加しまして。
まぁ、平たく言うと「今回はご縁がありませんでした」との事でした。


面接に至っては、迫力に欠ける応答だった気もしますし
多分、「こいつ大丈夫か?」と思われるくらい、
言葉に迫力を持って語れなかったのは事実です。


面接を振り返って、自分は「背中で語る」リーダーシップ派だと
自分自身の事に気付きました。
てっきり理論派だと思ってたのですが、
良く良く考えたら、理論的に説明するのが大の苦手です。
学説とかを分かりやすく説明するのは好きなんですけどね。


本来であれば今日(?)21日に合格者だけ連絡があったのですが、
この時間まで携帯に連絡がないって事は、落ちたのでしょう。
これが変えられない事実です。


自分でやりきれなかったな、と思う点はあります。
教務支援といえど色んなグループがあり、私が希望していた就職支援から
学生支援、それに入試広報など色んな選択肢がありました。
私は前職の経験で人事採用の業務をしていたので、
今度はより学生の近くで就活をサポートしたいと思っていました。
その手段の一つに、産業カウンセラー講座も通っていました。


私の志望配属先は「就職支援課」一点でした。
ところが「(学校側)が、高橋さんに入試広報課をお願いしたいと言えばどうされますか?」
と問われたときに、自分の意に反して「やります!」と答えてしまいました。



受け取り様はいくらでもあると思います。
職に就けるなら、やった方が良いだろうし、
いずれ就職支援の仕事も回ってこようとも考えられます。
でも、それは僕が好む選択肢なのか。
さほどやりたいと思わない仕事を前向きに出来るほど、
僕は機用に適応出来る人間だったか、と。


加えて、僕はつくづく理論派ではない行動派リーダーなのだと気付いた。
何かあったら、考えるよりもまず行動するタイプだ。
無鉄砲、無計画とも言われるが、まず自分から動く傾向がある。
なのに性格診断テストでは「私は理論派です」的な回答をしていた。



揺るがされる程度で志望部署を即変える応募者、
自分をきっちり理解出来ていない応募者。
僕が採用担当者なら、怖くて仕事が任せられない。



あまりにも自分を中心にして考えられていない、
薄っぺらい話に終始していたと思う。
だから最後に「リーダーとして期待されるはずなのに、伝わってこない」の
言葉を頂く事になったのだろう。



大学卒業の時も、コツコツ地味に授業に通わないと単位が取れなかった。
要領をかまして、という荒業は僕は得意としない。
でも、自分が先頭切って率先してやれば、
不思議と人が付いてきてくれて、手伝ったりして貰えた経験がある。
リーダーシップが無い訳ではない。


あまりに人の評価を気にして居すぎたきらいもある。
自分の気持ちを無視し続けてきたのも感じている。


だけど、面接では理事3人に自分の感じている事は伝え切ったと思う。
表現の拙さはあったにしても、やりきった気持ちには偽りが無い。
だから、期待はする。期待するから、期待に応えられない結果が出れば凹んで当然。


今僕に起こっている感情は、全て当然湧き上がる感情なのだ。
それは仕方の無いものなのだ、と。


自分のリーダーシップ特性、天然具合(突拍子も無い事を言う事)を知れた。
改めて、何がやりたいか、少し見えた。
未知の領域でも、自分の特性が活かせるならやってみたいと思えるようになった。
失敗からこれだけ学べる事があるのなら、もう既に失敗ではない。


そして、自分が全力で立ち向かっていけば、多少傷つくことは歩けど、
得られる事もまた多いことよ、と思う瞬間でもあった。
もう少しこう言う事をさり気なく平らな表現で書きたいと思うけど、
少しまだそれには時間が掛かりそうだ。
でも、書きたいと思うし、それを伝えたいと思う。
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by keisukerudolf | 2011-01-22 00:45 | 前略、失敗の神様