タイトルの由来

「前略、失敗の神様」と銘打って
ブログで思いのままを好き放題に書いている。


経緯を知らない人は訳分かんないだろうし、
分かったところで、別に実生活で足しになる訳じゃないけど
このタイトルには、僕にとって凄い意味のある言葉なのだ。


先日ブログで書いた通りなんだけれども、
今年の4月から産業カウンセラー養成講座に通っている。
講座を受講しようと思った動機は、
既に書いているから、ここでは割愛。


この講座では、実技訓練に結構時間を割いている。
カウンセラーなので、「話を聞く」んだけれども、
一見ごく普通な「話を聞く」事がとても難しい。
特に僕が通っている講座では「傾聴」というスキルに
重きを置いている。


その講座はまだ10月末まで続くんだけれども、
カウンセラー役を体験して、とても大きな事に気付けた。
それがタイトルの「前略、失敗の神様」に繋がっている。
第四話ぐらいで、初めて語られる本筋。
てか、それを書き忘れてた僕もどうかしてる(笑)。


過去に採用担当経験があるので、
「人の話を聞くだなんて、訳ねぇや」と
頭のどこかで高を括ってたのだけれど、
カウンセラーとしてとるべき姿勢と
採用担当者が面接でとるべき姿勢は似て異なる。


実技では同じグループの人8人くらいと
アドバイザー(講師)3人合わせて11人くらいの前で
クライエント(これも同じグループの人)を相手に
カウンセリングの模擬訓練をする。
時間は20分程度のやり取りで、終わると振り返りがある。


振り返りで頂く意見そのものは
そんなに気にならないんだけど、
やってる最中にカウンセラーとして
自分の意見を素直に伝えられないもどかしさや、
相手が言っている事が分からない事に気付きながら
でもそれを伝えられず、結局何を言いたいのかが分からない
そんな経験を何度もした。


正直、実技を終わった後に
「えっ、言いたい事はそっちだったの?!」
と毎回感じていたのだ。
あの瞬間の「やってもうた」感ったら(笑)。


そんな経験を繰り返していると、
実技でカウンセラー役をするのが辛く感じてきた。
心療内科のドクターにも正直に
「実技がしんどいんです」とぶっちゃけた。


ドクターはそれに対して何も言わなかったんだけど、
聖書の有名な一節を僕に教えてくれた。
「右の頬を打つものには、左の頬を差し出しなさい」


その後、喫茶店でドクターに頂いた一言を吟味していたら、
実は過去に「失敗は気付きの種」という
物凄いヒントを教えて頂いていた事に気付いた。
そう、点と店が繋がった気分。


僕は何より失敗する事を恐れていたのだ。
失敗する事は僕にとって「恥ずべき事」と思っていた。
実技で感じてた「しんどい」のは、
「毎回恥をかきに行くような気がして」しんどかったのだ。
そして思ったのは、「失敗したってええやん」だった。


何かと後ろ向きになる傾向がある僕にとって、
僕が何にビビッてるか気付いた気がしたのだ。
人の目を気にするのもそうなんだけれど、
結局失敗するのが怖かったんだ。
でも、実技で失敗を繰り返し体験することで、
「失敗しなきゃ気付けない」事が多い事に気が付いた。


写真だけじゃない、そして今回の実技だけでもない。
僕の生き方そのものがそうだった。
講座の同じグループの人に
「自分を肯定できない程不安」と僕が愚痴っていたのは
やっぱりこれからの人生で失敗するのが怖かったのだ。


なので、僕にとって失敗は神様みたいなもの。
まだ失敗は怖いんだけれども、
神様として崇めたいくらいありがたいものでもある。
そして、僕が崇めている「失敗の神様」に
手紙形式で感じた事を伝えるのが、
「前略、失敗の神様」なのだ。


そして将来考えている「前略、失敗の神様」を
書籍化する事が結果的に大すべりしても、
僕にとって別に構わない事だと思っている。
勿論、大ヒットすればそれに越した事は無いんだけれども。


でも、カウンセラーになろうと思った事と同じくらい
誰かの何かの役に立つ事があれば、
僕にとってそれは変えがたい幸せだし、
僕が失敗を恐れずに生きていれば、
少なくとも僕は幸せなんだと思う。



【前略、失敗の神様】
正確に言えば、「失敗の神様」じゃなくて
「失敗が神様」なんです。僕にとって。
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by keisukerudolf | 2010-09-16 21:53 | 前略、失敗の神様
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