2007年、僕は東京で働いていた

そして「写心家」として『前略、失敗の神様』の本を
書籍化したいと思って止まない。


さて、話は僕が東京で営業していた2007年1月~9月の話。


2007年9月初旬に生まれて初めて「うつ病」と診断されて、
社内制度を活用して休職を体験しているので、
僕にとって、とても重要な意味のある時期だと思っている。


「東京本社での営業」を僕がどう捉えているかが、
僕の仕事の価値観にも繋がる、とブログに書いている。


誤解を恐れずに、でも素直に表現すると、
生活そのものは苦しくなかったけれど、仕事は本当に嫌だった。
もっとぶっちゃけて言うと、
「営業したくないからこの会社に人事採用で入社した僕が
人事採用で結果が出せなくって、干されて本社に異動になって、
ITの事も知らずに営業している」
という事実を僕自身が受け止めきれていなかった。


僕が1月に異動になってから営業としてしていた仕事は、
社内で立ち上げたばかりのレンタルPC事業の営業だった。


最初は旅館やビジネスホテルに片っ端から電話した。
だが、というよりもやはり、アポはさっぱり取れない。
役員から「お前何で営業なのにずっと社内にいるの?」と言われてしまう始末。


アポイントを取る効率が悪いと感じたので、
元々人事採用をやっていた経験を活かして、
大学や専門学校、ITスクールに「人事採用」としてアポイントを取った。
実際問題、東京本社の人事採用も人手が足りなかったようだったので、
僕の考えはすんなりと通ったし、かなり協力して貰えた。


人事採用名義でアポイントを取ると、
100%アポイントが取れた。
人事採用としてであろうが何であろうが、外に出ている間は
「アポイントの無い営業」というレッテルからは
逃れられている気がした。


頭の片隅で「営業しなきゃな」と思いつつも、
人事採用の仕事の話に熱が入りすぎていた自分にも
2月の段階から薄々気付いていた。


5月の下旬くらいになり、専門学校回りもひと段落した頃、
人事採用活動と称してスクールを回っていても
案件化に繋がっていない僕の営業活動は、
上司からも「それは問題だ」と指摘された。
ついに余程の口実(自分で企画したセミナーの実施など)が無ければ、
スクールにすら行けなくなって来た。
つまり振り出しに戻ったのだ。


自分の中でも葛藤があったと感じている。
「僕は本当に人事採用をやりたいのか、営業をやりたいのか」が
正直全く分からなかったけど、気付ける筈も無かった。


「営業をやりたいのか」じゃなくって
「営業は、やりたくなかった」からだ。
営業は、やりたくないので、人事採用の話に逃げていたのだ。
でも、「人事採用は大阪で干されているので、もう戻れない」
という事も知っていた。
でもアポイントが無いのがもっと嫌だったので
安易にスクールに回っていたと感じる。


実際に案件化し、納品まで結びついたケースが1件あった。
だから決して全てが無駄だった訳でも無い。
不思議な事に、その時「人事採用」として出会った方と
今でもご縁が続いている事があるので、
何らかしらの意味はあったのだと思う。
ただ、営業として結果を出すには余りにも遅かった。


組織の中で「自分がやりたい事しかしない」なんてワガママは
到底通用しない事位は、さすがの僕ですら分かっている。
でも「自分がやりたいと思わない事をやらなきゃならない」のは
非常にストレスを感じた。


さて、僕は「写心家になりたい」と口にした。
でも、僕にとって写真を撮る元々の動機が、
実は受け容れがたい事実から逃げていた事だった事実に
先日ブログを書いていて明確に気付いた。
そして僕はその気付きを「恐怖だ」と感じた。


ちょっと長くなりそうなので、一旦ここで休止。


【前略、失敗の神様】
自分がやりたくない事をやらなきゃいけないのは、
非常にストレスを感じる事なんですね。
ストレス社会の原因が何となく分かった気がします。
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by keisukerudolf | 2010-09-13 23:31 | 前略、失敗の神様
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