3年前のブログを読み返す

説教は聞き流す主義。でも案外ちゃんと聞いてます。
どっちやねん。


なので、と理由付けするのはどうかと気が引けるけれども、
「失敗の神様」の内容も、人様への説教めいた内容にはしたくない。
でも、僕のブログを見て何か感じてもらえる何かがあれば、
僕にとって、これほど嬉しい事は無い。


でも、自分が「ありがたいなぁ」と思う話は
何年経っても忘れずに覚えているものですよね。
で、「説教」と思うか「ありがたい」と思うかは
僕が決めてるので、実に身勝手な話なんですが。


実は、このブログを始める前に
別のところでブログをやってまして。


「前略、失敗の神様」のテーマは、
3年前のうつ病での休職体験がメインになるだろうな、と感じて
「当時僕が何を感じていたのか?」の思いが
4ヶ月以上ものブログを一気に一晩で読む原動力になりました。


読み進みながら、自分でも驚いたのですが、
最初の2ヶ月ぐらいは、ちゃんと自分と向き合いながら、
「高圧的な態度を取る人には、拒絶反応を感じる」と
素直に感じた事を書いているのに対して、
途中から一気に京都写真ブログに一変。


自分でも「???」って思ったけど、
そのタイミングでブログにあまり書かれていない事実を知った時に、
初めて僕が京都に走った理由を知った。


丁度京都に走り出したのが、僕が復職するタイミングだった。
本来なら「本社の営業」のポジションで休職しているので、
復職するなら、元の鞘に戻るのが道理なんだろうけど、
当時の僕は復職を望みながら、本社での営業は望んでいなかった。


当時の僕が本社での営業をどう認識していたのかは、
追々ここで話をしたいと思っている。
それは引いては元々からある自分の「仕事の価値観」にも繋がるような
そんな気がしているのだ。


話を、僕の復職の話に戻します。
本社に戻りたくなかったので、
大阪の副支店長と直接会って話しをして
「復職したいけど、出来れば大阪で復職したい」と
僕の本音を伝えたのだ。
包み隠さず僕のリアルな本音だと思う。
そして今思うと、とても身勝手な本音だとも思う。


副支店長は、僕の身勝手な(と今僕が感じている)意見を、
受け止めてくれた上で、役員に話を通してくれたのだ。
その結果「高橋の言う事は筋が通らん。まず本社で戻るべきだろう」
という役員の意見を僕に伝えてくれただけではなく、
それにも関わらず、僕の大阪での復帰の道を探ってくれていた。


僕は副支店長が見えないところで、
大阪での復帰の道を探っているのも知らず、
「本社に戻るべきだろう」と言われた事に対して、
受け入れられない、消化しきれない、腑に落ちない感覚を持っていた。
それは、ほんの少しだけブログにも書いてあった。


ブログに書いたけど、自分では納得していない。
ここから僕の京都熱が高まる。
この経緯を今になって改めて見直して
「僕は受け容れがたい現実から、京都へ行く事で逃避したんだな」
と素直に感じた。


京都熱は、いずれカメラ熱になって、復職後も続き、
京都への情熱は、今は奈良に移っているが、
今も尚続いている。


そう、現実から逃げる為にカメラに走った結果、
今自分が「写心家」と名乗っている事に、
恐怖すら感じるし、このままではいかんという不安も感じるし、
今のタイミングでもう一度自分に向き合っておかないと、
同じ過ちを繰り返してしまうような気がしたのだ。


なので、「今から思うと」、なんだけれども、
結果2008年1月から大阪支店営業部で復職したけれども、
復職できた事は僕にとって本当に幸せだったのかと思う。
そして、受け容れがたい現実を目の前にして
京都に逃げてしまった当時の僕を見直して、
「何故本当の自分を直視しようとしなかったんだろう?」と
本当に残念に思えてならないのだ。


そして今現実にここで、
「本当の自分と向き合って受け容れなきゃな」と
素直に感じている僕がいる事が、
一番の事実なんだと感じている。


【前略、失敗の神様】
逃げようと思っても、逃げ切れないものなんですね。
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by keisukerudolf | 2010-09-12 22:27 | 前略、失敗の神様
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