導かれる?

【晩春・雨の三輪山】
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今日は産業カウンセラー講座3日目。
終日座学でした。


私自身も心療内科である意味カウンセリングを受けている身なので、
カウンセリングの勉強をする事は、
うつ病と向かい合っている自分と対峙する事でもあります。
「あの時ドクターが言っていたのは、こういう事だったのか」とか
「あの時自分があのように感じたのは、こういう理論に繋がるんだ」とか。
改めて再確認する事が、結構多いんですよ。


そして、私のうつ病と向かい合う時に欠かせなかった
趣味であるカメラと奈良の存在。


ドクターに「良い趣味やね」と言われ続けていて、
ドクターも奈良の自然が好きな方だったので、
自分が気に入った写真をドクターにプレゼントしてたのですが、
なーんと、臨床心理学において「芸術療法」ってのがあって、
趣味のカメラが、自然と芸術療法に繋がっていて
自分の回復に非常に役に立っていた事に今日気付きまして。


びっくりしたなー。
全然嫌とかそういう感情とかじゃなくって。


趣味のカメラに私自身が助けられた事って、凄く多いんですよ。


写真を撮りに行く事は、外出する事にもなりますし、
当然私は杜フェチなので、歩き回る=良い運動になります。
うつからの回復において、体力回復をする良いきっかけになりました。


私の「写真論」にも繋がるのですが、
やっぱり被写体(私の場合は奈良の風景)に感動しないと
どれだけ良いカメラを持っていても、
どれだけ優れた技術を持っていても、
良い写真って撮れないと思うんです。
何より、撮ってて楽しくないと思うんです。
これって、「考える」より「感じる」事に繋がりますし、
感情に素直に敏感である事にも繋がってきます。


同時に、私は自分の写真の大ファンだ、と公言して止まないのですが、
(時々ナルシストやなー、とも思いますが、それはそれ)
写真を撮る事で、自分に自信が持てるようになりました。
そして一枚の写真を撮る過程に置いて、
感動した風景(イメージ)に写真を近付けるという試行錯誤が
本当に楽しいと感じられるようになりました。
失敗する事が怖くなく、悪いものでもなく、
チャレンジする事の楽しさを覚えた、味をしめたと言いましょうか(笑)


私は自分自身、うつ病になるべくしてなった、と
今までずっと思っていました。
でも、今日は
「ひょっとしたら、私はカウンセラーになる為にうつ病になったんじゃないか?」
と思うくらい、座学の授業が驚きの連続でした。


カウンセラーになる為にうつ病になり、
うつから回復する為に、既にカメラと奈良の風景に出逢っていた。


実技グループに占いをされる方がいて、
その方が良く「導かれてるんやで」って言うんですが、
なるほど、分からんでも無いな、と実感した一日でした。


カウンセラーになろう!と思って買った本が、
臨床心理学では有名な河合隼雄先生の本で、
まさかその先生の理論をカウンセラーの座学で勉強する日が来るとは
全く思ってもいなかったので、余計そう思いました。


産業カウンセラーと臨床心理学とは少し違うのですが、
その説明は追々。



写真は、大神神社の末社、久延彦神社にある「大美和の杜」から眺めた
雨に煙る三輪山の風景。


大神神社は、鳥居から本殿への参道も美しいですし、
末社、狭井神社の境内の雰囲気もとても落ち着きますし、
大美和の杜がある末社、久延彦神社は展望が良く、
いつ、何度でも訪れたくなる場所です。
my神社にしようかなぁ、とも思ってたくらいなのですが、
何と、大神神社のお祭が私の誕生日でして(笑)


うわー、ここでも導かれてる?
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by keisukerudolf | 2010-04-18 22:29 | PENTAX K20D
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