帰り道、公園で号泣

【Prepare for blooming】
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音楽を聴いて泣ける。
こんな自分の感性の豊かさって凄い。


専ら木村カエラとか阿部真央とか、
浅田真央のスケートのテーマ曲とか聞いています。
セルフカウンセリング中は、結構浅田真央のテーマ曲、ラフマニノフの「鐘」。


そしてバイト帰り、最寄り駅から徒歩で帰る時に必ず聞いているのが
去年末NHKのスペシャルドラマでやってた「坂の上の雲」のサントラ盤。
サラ・ブライアントの歌う「Stand Alone」の歌詞あり、歌詞なしを
必ずどちらか聞いている。
文句なしに良い曲だと思う。さすが、久石譲。


今日は偶然、歌詞ありを聞いていた。
サラ・ブライアントが全歌詞日本語を歌っているのも凄いが。


2番目のフレーズ、「一人の祈りが心をつないでいく」というところで、
不覚にも急に涙が溢れてきてしまった。
作詞された方の意図とは全く違うところに私のつぼがありまして。


話が横道に逸れますが。


最近このブログに良く出てくる「もう一人の私」。
読み返すと気付くのですが、私は「もう一人の私」を明らかに目の敵にして、
徹底的に戦おうとしていました。
何故なら、「もう一人の私」は、非常に鋭い真剣を持って私に斬りかかって来る、
そう感じていたからです。


しかし今日セルフカウンセリングをしていて、
そんなもう一人の私を「そろそろ受け容れないといかんなぁ」と思っていた矢先。


「一人の祈りが心をつないでいく」


私がその瞬間に感じた事は、
「生きたい、幸せに生きたい」と願い続けながら、
肝心な本人にその祈りを無視されたもう一人の私でした。


昔からきっと純粋に「生きたい」と思っていたのだろうし、
誰よりも「幸せになりたい」と思っていたのだろう。


でも、肝心の私本人がそんなもう一人の私の気持ちを踏みにじり、
「自分なんて生きていても・・・」と思い込んでしまった。
時に己の命すら絶とうとしていたのも事実です。


「もう一人の私」は「非常に尖った真剣を持っている」と良く書いていましたが、
純粋に生きる気持ちを無視されたら、誰だってそうなるな。
腑に落ちました。


どれだけ「もう一人の私」は苦しかったのだろう。
どれだけ「もう一人の私」は辛かったのだろう。
そして何故そんな「もう一人の私」を克服し支配しようと思っていたのだろう。


自分の愚かさに気付くと同時に、
生まれて初めて、「もう一人の私」を尊敬しました。
それでも生き続けていた、全身が尖った真剣に変わってまでも、
それでも尚私と共に生きてくれていた「もう一人の私」に感謝しました。


「もう一人の私」の祈りが、やっと私の心につながって。
丁度近所の公園を歩いていた時だったのですが、
私はしばし、立ち止まりながら泣いていました。
誰かに見られていたら、相当恥ずかしいシチュエーションでしたが、
「ここで自分の感情を抑えちゃいかんな」と思って、
ただただ泣いておりました。


「ごめんなさい」とか「申し訳ない」とかのレベルじゃなく、
心の底からもう一人の私に謝罪したい気持ちになって。
そんなもう一人の私と仲良く一緒に生きていこうと思いました。



写真は、昨日の奈良公園浅茅ヶ原・片岡梅林。
奈良公園の梅は咲き始め。
既に花をつけている木があれば、
まさにこれから咲こうとしている木もある。


咲いていても、咲こうとしている状態でも、
梅はその姿そのものが、実に凛として美しい。
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by keisukerudolf | 2010-02-20 21:36 | PENTAX K20D
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