この「うつ」くしい世界

【当尾の里・浄瑠璃寺の阿弥陀堂と極楽池】
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昨日、セルフカウンセリングをしながら
「奈良に自分を重ねながら撮る世界観、という感性を大切にしよう」と気付いて、
のんびりコーヒーを飲みながらふと帰ろうとした矢先、
もう一人の自分が私に対して吐いた台詞。


「皆幸せになって、私の目の前から消え去れば良いのに」


実は昨日ブログを更新しなかったのは、
このもう一人の自分の叫び声に対して
私自身きっちり答えが出せなかったからで。


とっさにペンを執ってノートに書こうと思ったのですが、
時間も時間(閉店間際)だったので、
言葉だけはきっちりと記憶して、一日越しのメッセージ解読。



最近、私と縁があった方々にハッピーな話題が続いていた事が
伏線になっていたようなのですが、
じっくりもう一人の自分と向かい合ってみると、
凄く嫉妬しているようです。


「自分だって幸せになりたいのに」


そんな素直な気持ちが裏を返せば凄い台詞に。


強がりは大体自分の本音の裏っ返しだったりして、
あえて強がることで、耐えられない心の波に対して
バランスを取っているんだなぁ、と思いました。


そして尚更、今の私はとても弱い。
精神的にも勿論まだまだ弱い。
財力も体力も魅力も、どれもとても弱い。
でも、強くなりたいと願い、セルフカウンセリングを続ける。
密かにダイエットも続けている。


そして強くなる為には、もっともっと失敗をしなければならない事。
恋愛ならもっと失恋、具体的にはもっと振られる事を経験する事、
ビジネスならもっと失敗、具体的には色んなクレームやトラブルを受けてみる事。


「成功は偶然の賜物、失敗は必然の結果」
元楽天イーグルスの野村克也監督の言葉だ。
私はこの言葉が大好きだ。
人間は残念ながらこの必然の失敗からでないと、
多くを学ぶ事が出来ない。
殊、自尊心が強い癖にコンプレックスも強い私にとって、
そんな鼻っ柱を折る為には、致命的なミスをして
己のありのままの姿を見させる他、治療の手立てが無いのだ。


それを34年間やらずに来たから、こんなに軟弱だ。
振られる事が怖くて、何も出来ない。
出来ないのなら好きになるな。
好きになる事を止められないのなら、
片っ端から玉砕して行くと良い。


そしてごく稀に、こんなひ弱な私ですら
求めてくれる方とご縁が出来たなら、
弱いながら不器用ながら全力で
自分の出来る全てを出して、
失敗したってそれで良い。
それで相手が去るならそれまでの縁なのだ。


きっと同じ失敗を何度も繰り返すだろう。
好きになっては見向きもされない。
でもいつもニコニコしてるから、友達にはなれる。
私が相手を愛するからこそ、友達にはなれないのに。
それでも良いのだ。
出るべき結果論を受け容れる覚悟はある。
何百回振られようが、その次にはきっともっと
お互い無理なくいられる関係が存在しているはずだ。
そう信じているからこそ悩みつつ苦しみつつ
それでも生きているのだ、という事なのだ。


ゴールは無い。
彼女が出来たからといって、それは決してゴールじゃない。
単なる試練の始まりというだけだ。
就職にしてもそうだろう。
再就職出来たというのは、決してゴールじゃない。
その先に湧き上がってくる試練と向かい合って
初めてゴールへの道先らしいものが見えてくる。


私は、自分を護る為に強くなりたい。
その強さは、誰かを優しく護れる為に。
そして他の誰でもなく、自分を護れる為に。


写真は、浄瑠璃寺の阿弥陀(九体如来像のある堂)と極楽池。
お寺の中で極楽浄土を表現しているのである。
ちっぽけな私一人の葛藤など次元が違いすぎると言わんばかりの
安定感のある姿である。
これぞ私の求める「まほろば」なのだ。
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by keisukerudolf | 2010-02-14 23:42 | PENTAX K20D
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