大和は国のまほろば その2

【我が心のまほろば・浅茅ヶ原】
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のっけから話が逸れますが、最近のヘビーローテーションが阿部真央と木村カエラ。
特に阿部真央の「Don't leave me」って曲は久しぶりに聞いてて涙出ました。
「一体この曲を書いた時の阿部真央さんの心境ってどんな状態なんだ?」と
そんなどうでも良い事ですら思ったくらい、深く深く切なく泣ける失恋ソング。


多分、世の中の人って幸せを望まない人なんて居ないんじゃないだろうかと。
そう思うわけなんですよ。
私も凹みに凹んだ時に「もういっそのこと・・・」なんて思いますが、
その一言は実は「幸せになりたい」っていう気持ちの裏返しだったり。


失敗するのが嫌なのでもなくって、
失敗も何もせずにいる事が一番嫌なんだなぁと。


思えば人とのご縁って必ずしも互いに幸せになる必要は無いのかも知れません。
勿論ハッピーエンドである事が一番良いに決まっていますが、
見落としてはいけない事は、
その出会いは必然で、その縁には必ず
「何かを学べ、何かに気付け」というメッセージが内蔵されている事です。


結果として別れる事になっても、結ばれる事が無くても、
出逢いの説くメッセージに気付いて、きっちり理解できれば、
如何なる結果がでても、それは自分を豊かにする方法になり得るんですね。
そのメッセージを受け取る覚悟があれば良いだけですから。


結果論に振り回されるんじゃない。
過程論にこそ意味があって、その過程とトコトン向き合っていれば
どんな結果も気にならない。
「人事を尽くして天命を待つ」ってこういうことなんでしょうね。


もし仮に、縁があって、結果何も出来ずに自分に辛い現実しか見られなかったって事は、
その結果や過程に「気付きなさいよ」というメッセージがあるんです。
告白する勇気も無くて、友達というラインにも立てずに、
でも「あ、そのポジションにいるのは俺じゃないんだ」っていう現実を
目の当たりにする事が合っても、
絶対嘆く必要も無いし、これこそ本当に無縁だった訳なのですから。


出逢いの裏側に潜んでいたメッセージが理解できれば、
胸張って別れだって受け容れる事も出来るのでしょう。


そして面白いのは。
いずれまたお互いが必要になる時節があれば、また縁は交わるのです。
必要としないなら、二度と会わないだけです。


カウンセリング協会からの封筒。
無事日曜日週1回コースのエントリーが通っていました。
第一希望で希望通りにOKが出てました。


4月からは、夢の第一歩。
産業カウンセラー養成講座に行ける事が叶ったのも、
これまた一つの出逢いなのでしょう。


それまで、いやそれからも修行は続きます。
とことん、辛さ苦しさと向き合い続けます。
時々良い事もあるかも知れませんが。
逃げる事だけはしたくないです。
謙虚に、でも心から笑えるように生きていく事です。


写真は、私が一年を通じて一番大好きな場所である浅茅ヶ原。
三つ又に交わる小川、奥に広がる雑木林、
生活感を感じられるベンチ。


不覚にもシャッターを切ってモニターでチェックした瞬間、
生まれて初めて、自分の写真見て泣きました。
色んな感情が湧き上がって来て。


それでも私の心が安らぐ、一番の場所である事には間違いありません。


姐さんへ。
こちらでは梅の写真載せてません(笑)
まぁ別館でも梅らしい写真は載せてないですが。
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by keisukerudolf | 2010-01-28 23:50 | PENTAX K20D
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