アイ アム アライブ(昨日の続き)

【桔梗~花言葉は変わらぬ愛~】
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数ある花の中で、桔梗は私の大好きな花の一つです。
奈良の夏を代表する花は多くあります。
サルスベリ(絵になるのが浮見堂)や
蓮(吉城園の睡蓮や本薬師寺跡の蓮も見事でした)と並んで
元興寺の桔梗は、地蔵会の象徴とも言えます。



これからうつに関するカミングアウトは、追記で書いていこうと思います。


正式にうつ病と診断されたのは、かれこれ丁度2年前でした。
私の場合は、睡眠障害は勿論の事ですが、酷い動悸に襲われました。
また非常に躁鬱の波が激しいのです。


しかし良く良く今までの半生を振り返ると、
中学時代から症状は出ていたような気がします。


今日気付いた事は、
「何かで落ち込む→逃げる→結果時間をやり過ごす→遅れを取り戻す為に無茶をする→落ち込む」
の繰り返しを何度も何度も繰り返してきたと言う事です。


過去のエピソードを一つ。


私は中高一貫の学校に通っておりました。
中学1年の時は普通クラスで入学しました。


小さい頃からこれと言って特技は無く、
小学生時代は周りが「受験戦争」と騒がれた事もあって、
とにもかくにも勉強ばかりの毎日。


中学に入学すると、元々得意だった社会と英語の先生が非常に面白くて勉強が楽しくなり、
謎解きのような面白さのあった数学の幾何(三角形の合同を証明するあれです)も面白かったです。


私が通っていた中学・高校では、当時試験点数順位が張り出されていました。
それも、全体の100位以内と各科目の上位5位。


算数が大の苦手の私が数学で2位を取り、全体で40位台を取ったりと
「成績優等者」として成り上がった私は普通クラスから特進クラスに昇級します。
しかし、得意の社会で躓き、英語が躓き、数学は元々苦手だった私。


先ほど書いた通り、他に何が出来る訳でもなく、
良い先生に巡り合えた事で勉強を楽しめた私が
勉強が苦痛になりはじました。
当然成績も下がります。中学3年や高校1年の時は下から数えた方が早い程。
テストでは赤点ギリギリ、もしくは赤点という悲惨な状況。


高校1年の時の1学期の終わり、遂に進学すら危ういところまで来まして。
試験中にカンニングしていたのが見つかり停学処分になった事と、
その直後の試験で殆ど赤点だった事。


当時、それまで親に褒めてもらえる事と言えば
「テストで良い点を取る」事だけだと思っていました。


勉強が苦痛で仕方なかったのですが、
それまでチヤホヤされていた事に甘えすぎていたのでしょう、
取る点数は低くなっても、プライドだけは高いまんまでした。


親と一緒に呼び出しを受けた時に、咄嗟に思ったのが
「自殺しよう」でした。


しかし自殺出来る勇気も方法も分からず、
結局追試を受けて進学は出来る事に。
但し、あまりに成績が悪かった為
特進クラスから普通クラスに戻りました。


当時の私は自暴自棄そのもの。
勉強はしない、授業中は睡眠時間、勿論夜眠れないのでその繰り返し。
大学受験を試みますが、当然合格など出来ず。
何も得ないまま高校3年間を過ごしてしまいます。



今になって、
「それでも良く『生きる事』を選択してくれたなぁ」と思います。


今でも高校時代に自殺する方法ばかり考えていたのを覚えています。
しかも「迷惑を掛けずに、且つ楽に死ねる方法」を。
一つの結論として、「冬の寒い日に家出して、どこかで凍死する」が出たのですが、
決行しようとした日があまりに寒すぎて、外に出る事すら億劫になったのを覚えてます。
もう、ここまで来たら笑い話ですよね。


しかし、結果私は今生きています。
これから何度も書くと思うのですが、
今の自分にあるものは、五体満足の体と借金とカメラだけです。
中学・高校の時は五体満足な体しかありませんでした。
でも、それすら不幸だと思っていました。


「何故勉強なんかしなきゃいけないんだろう?」
「こんな事を学んで何の足しになるんだろう?」
「今の自分は何の為に生きているんだろう?」
「自分は必要ないし、生きている事自体恥ずかしい事じゃないのだろうか?」
そんな事を毎日ひたすら繰り返し考えながら
実家から1時間半掛けて通学してました。


結局答えを見付けることなく、自分のプライドの為だけに浪人して大学に進みました。
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by keisukerudolf | 2009-08-29 19:19 | PENTAX K20D
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